スタッフブログ
もう一つの“歴史”、『裏歴史』の話し… アナタはどう思いますか…?
今回は冒頭から少し残念なお話があります。
この度、4月いっぱいでこのブログを担当していた私(岩月)に変わり、今後は別のブログ担当に変わります。
ココのブログを担当させて頂いてから、早いモノで… もう1年。
たった1年でしたが、本当にいろいろありました… そして本当に皆様にはお世話になり改めて感謝です。
足掛け“3年間”、『小坂井接骨院』に勤務させて頂き、かけがえのない思い出もたくさん頂きました。
当時、私はパソコンなる物は、ほとんど触った事が無く【使う指は1本、たまに両手使う時は“シフトボタン”の時だけ】で。“見様見真似”からはじまり、いろんな方にお伺いしたり他のサイトを拝見させて頂き勉強させて頂きながら手探りで作っていくと言う次第で、何故か「エンター・ボタン」を押す時 “だけ” 強く、『ッタ~ン!!』
皆さんには“お目苦しい”ところが多々あった事を今更ながらお詫びいたします。
もちろん今もそんなに大差はありませんが…、、、 なんとか今日まで来ました。
書いたブログの数は全然少ないし、皆様の為になれたのかも怪しいのですが、それでもブログ1つ1つ私なりに いっぱい思いを詰め込んだ大切な文章たちです。
私に、このブログに求められていた内容とはだいぶかけ離れた内容のブログばかりになってしまったのは誠に申し訳なく思いますが、皆様が読まれたこのブログで何かを感じ取って頂けたら幸いです。
また、何かあった時に“フッ…”とココを思い出して頂き、時々覗いて読み返して頂けたら幸いです。
今日までいろいろ調べ、お伝えし、オススメや提案、時に生意気な文章や強い言葉など使ってしまいながらも、様々な事をお伝えしてきました。
なので“私、最後のブログ”で、『私個人が興味がある』かなり今までとはかけ離れたモノになりますが、私と言う人間がどんなヤツかも書かせて頂きます。。。
そもそも私、『空想』や『探求』と言う類が大好きで、日々、いろいろな物事を想像しております。(もちろん施術中や車の運転中は、それに全集中してますよ!!)
どんな『妄想』かと言うと。。。
・宇宙人は本当にいるのか?
・古代文明や遺跡に残された謎
・星や天体、宇宙の謎
・宇宙の果てのさらに“先”は何があるのだろう…?
・車やミサイルは“推進力”を得て動く為、そのエネルギーが尽きたら止まる。 では“光”は『何を』推進力にして進んでいるのだろう…?(しかも何百億年もの間、ずっと動き続ける“エネルギー”)
・太陽って本当は全然、熱くない星なんじゃないか?
・息を吸って・吐く事を忘れなければ、150歳くらいまで大丈夫なんじゃないか?
など、挙げたらキリが無いくらい“下らない事”から“結構深い真理”、“歴史”の事をいつも頭の中でフツフツさせています。
そこで、今 私が特に興味がある事、それは『裏 歴史』です。 それについて少しお話したいと思います。
皆さんの中にも似た様な【もう一つの歴史】、【語られなかった闇の歴史】に興味がある方も少なからずお見えかと思います。
かの有名人“タモリ”さんもそんな方の内の一人で、某ラジオ番組や深夜のテレビ番組でも、何度か仰られてました。
例えば…
・『織田信長』は、“本能寺”で実は自害しておらず、そのまま生き延びていた… 説。
人が“火葬”される場合は、かなりの高温で長時間行っても“遺骨”は残り、“箸渡し”しながら骨壺に納めます。 しかし本能寺が燃えた跡からは“遺骨”は全く見つかっていません。
木造建築物が燃えた程度の火力・温度・時間では、骨まで無くなる程に焼くのは無理で必ず何らかの遺骨が残りますが、本能寺では発見されていない事や、その他の物証などから推察するに【逃げ延び生存していた】と結論付ける方がむしろ自然で、可能性としては遥かに大きいとまで言われています。
その後、織田信長は一体どこに行き“信長の野望”はどのようになったのか? など、興味は尽きません。。。
また、『源義経』は同じ生き残り、そのまま日本海側を北上し、最後のは“モンゴル”にまで行きあの『ジンギスカン』になった。 説 とか…
源(ゲン)義(ギ)経(ケイ)と名を変え、モンゴル人に発音させると『ジンギスカン』に聞こえた。 とか…
実際に源義経とジンギスカンの戦術は至る所で似ており、あの有名な『義経の鵯越の逆落とし』 【一ノ谷の戦い】源義経の鵯越の逆落としは本当にあった出来事? | 歴史好きのためになるブログ でも知られる馬術の達人。 またジンギスカンも馬術の達人だったと。 その他にも共通点が多く、有名な話しです。
今、インターネットでも数多く掲載されてますし、“否定”する説もありますが、本当に信じている方も多いので一度是非、調べてみて下さいね。
チンギス・ハンを5分で!源義経と同一人物説って? | れきし上の人物
そして今の“私の最大の興味を引く裏歴史”。 これが今、私の中では一番の闇です。
それは、、、 【“服部半蔵”と“松尾芭蕉”は、同一人物だった!?】です。 知ってる方もお見えかと思いますが…
まず、大体の方はコノ話しを聞いた瞬間は『えぇ~っ!! 有り得な~い!! 何言ってるの?』と歯牙にもかけてくれませんが、最後まで聞くと『ん~… 確かに“有り得ない”とは言い切れないなぁ…』とまでには変わって頂けます。
そしてそれに見合った『(状況)証拠』も揃っています。 (しかし今となっては確認出来ない歴史の闇に…)
そうなんです。 人はまず、『あり得る』か『あり得ない』かで大まかな判断をします。
そうして自分の中で“決めつけて”しまい、よっぽど自分が“ホントだ…”と思わない限り、その考えは変わり難く、また行動もし難いのです。
当院に通院されている患者様も、最初はほとんどの方が『疑いのまなざし』と『疑心暗鬼』でお見えになられたことと思います。
そりゃそうですよ。 無理もない。。。
だってまだ一度も経験されていないうえに、ご自身のお悩み所・お困り所が『身体の歪み』から来ているなんて思わないでしょう。 またご自身の体がそんなに歪んでいるなんて思いもよらない方の方が多い、いや『歪んでいるだろうな…』とある程度は思ってはいたが、まさかそんなに歪んでいたなんてとビックリされた方がほとんどです。
先程の話しではありませんが、問題は ココから です。
まず、当院の入り口まで足を運んで頂けただけでも私はスゴイ!! と思います。 いくら疑い・疑心暗鬼だとしても“可能性”を求めて行動に移されただけでも大絶賛に値します。
そして問診させて頂き、次にお姿のお写真を撮影させて頂きます。
もちろん不正も細工も加工も出来ない正真正銘の写真を分析するのですから、正確な情報としてお伝え出来ます。
『自分では、そこまでとは思っていなかった…』 『まさかこんなに歪んでいるとは思わなかった…』 ほとんどの方の反応です。
そしてそのお困り所・お悩み所を解消する為には何が必要なのか、どうすれば良いかを一緒にお伝えさせて頂きます。
そしてその方向性や手段、方法などをご理解・ご納得頂いてからです。 ご理解・ご納得頂いてからでしか先には進めませんし、進みません。
ご理解・ご納得頂いて、はじめて次に移れるのです。 患者様がご理解・ご納得されていないのに私共がズンズン事を進めてしまうのは“詐欺”と同じで、余計に“疑いの目”と“疑心暗鬼の心”は強くなるでしょう。
その状態では、いくら優れた施術でも“効果”は薄いでしょう。 それでは意味はありません。
【シッカリとした説明、しっかりご理解ご納得。さらにご満足して頂けるだけの技術・知識・経験・技・機材・人材などが全て揃って、信頼と安心を得れ 信じて頂けてこその継続と結果】なんです。
例えが違うかも知れませんが、【服部半蔵と松尾芭蕉は同一人物かも知れない…!?】と急に言われても、ほとんどの方は信じないでしょう。
しかし当時の背景や情勢、そして状況証拠や謎に解明に推測された回答の信ぴょう性や数々の証言などを順序良く統合して考えた時、可能性も大切です。 そして“消去法”で導き出された答えの可能性や信頼性を鑑みた時、アナタは初めの“疑いのまなざし”と“疑心暗鬼”の心は大きく揺らぐでしょう。
同じ様に、アナタの体をしっかりと分析し正しい元の状態に近づけた時、アナタのお身体がどれだけ軽く感じ、どれだけ変化したかを実感・体験した時に当院に訪れた時に抱いていた“不安”や“疑いのまなざし”、そして“疑心暗鬼”の気持ちははれ、“安心”と“確信”に変わるでしょう。
是非、アナタも疑い・不安を、驚きと喜びに変えてみませんか!?
“裏の歴史”の様に新たな発見、見解が見つかるかもしれませんよ…?
ちなみに【服部半蔵と松尾芭蕉が同一人物かも知れない…説】が気になる方は、インターネットで沢山出てきますので、一例を下に張り付けておきます、是非ご自身でも探してみて下さいね。
松尾芭蕉が忍者服部半蔵ではないかと言われる都市伝説の理由5つ
時代(年月)のズレなど、今とは違い“口伝”の為でもあり、長い年月の間で狂うのは“日常茶飯事”です。 上のサイト以外で私なりに調べた追加項目は…
・服部半蔵は常々、徳川家康に『本来の役目(天下統一)を成し遂げた暁には、全国を行脚したい』と書簡(手紙)を出していた(その手紙は残存してます)。
※天下統一した後、忍者の仕事は徳川家康のSP(身辺護衛)くらいしかなく、(天下統一前は敵の視察や状況把握、または相手武将の暗殺から万が一の時の“道”の確保など、やる事はてんこ盛り。)身辺護衛なら部下でも十分と判断し、残りの人生全国の行脚を希望していた。(また、その全国行脚も徳川の密命があったとも…)
(実は世界で初めてSP“特殊部隊”を作ったのは日本の“徳川家康”だった。)
・忍者は薬品などで顔の皮膚を焼き、自在に人相を変えれたらしい。(しかし当然、肌は荒れる。) 松尾芭蕉は年の割には肌は色黒く、また顔のシワは尋常ではない程に多かったという証言もある。
・そもそも旅の途中で老人がつぶやいた俳句、何故そんなに後世まで語り継がれる? 余程の立場の人か?
・俳句が書けるくらいの文才があればもっと幼少の頃から有名なのでは…?(忍者は“密文”などに長けていた)
・って言うか、今みたいなナビも地図も無い時代で、何故全国が迷子に回れるのか? 余程“地理”に詳しい人か?
など、数え上げたらキリが無いくらいの謎がまた謎を呼ぶ、歴史のロマン。。。
・まずもって当時“人生50年”の時代だった時に、すでに46歳だった(超高齢と同じ)人が、今と違い当時の道は、なだらかでもなく舗装もされて無く、また道沿いにコンビニも自販機も無いのに可能なのか? 平坦な道ですら非常に大変なのに、起伏の多い“獣道”の様な山道もですよ…? そこを計算上1日“ 数十キロ~数百キロ移動”した事になる。 余程の特殊訓練を積み、身体的性能の高い人でないと無理…?
・実は『かごめかごめ』の歌は【徳川埋蔵金】の在りかを暗号にして(紙で残すだけでは不安だったのか…?)日本全国に知れ渡らせる“密命”を受けていて、各国大名に“謀反”を起こしても無駄だと思い知らせる為。 説。
・おまけに当時、相当“位”の高い大名ですら何日も足止めされた非常に厳しい県境にある“検問”に当たる【関所】を何の苦もなくスイスイと通り抜けている不思議。 余程の権力(例えば徳川家康とか…?)の後押しがある人物では(例えば服部半蔵とか…?)でないと有り得ない事実。
※諸説あり、時代や年表的に合わないなど様々な見解がありますが、当時“事実を誤魔化す”為に年代を偽り流布する事はあったとも言われています。
どんな“説”にも信じるモノ・否定するモノ、この2つは必ず存在します。 いえ、しなければならないのです!!
知らんけど…
アナタはこの話(説)は、どう思い・どう感じますか…?
“信じるか・信じないか” は、私の書き方次第…!?
では、皆さん。 いつかまた、どこかで。。。 心から有難うございました!!
小坂井接骨院
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